次に萬福寺の塔頭の一つ・瑞光院へ向かいます。 萬福寺正門目の前の道 まっすぐ南に向かって進めという案内板に従い歩くが… あれ? この大通り沿いに目指す瑞光院があるのかと思って坂道の端から端までみたが、それらしい建物は全くない_| ̄|○ ※ちなみに地図はこちら「奥西珠算教室」と書いてある付近(goo提供) 正解は一番上の写真で見えているT字路を左折 細い坂道を登ること数分で右手に見える。 …これが分かるまでに15分も無駄足を踏んでしまいました_| ̄|○ 木幡神社への案内図といい、今回の「非公開文化財」、案内図の不備が非常に目に付きました。
やっとたどり着いた、これが外から見た瑞光院。 <パンフレット説明> 黄檗山塔頭・瑞光院は、黄檗開山・隠元禅師の高弟・即非禅師の塔頭であり、 兄弟子の木庵禅師の塔頭・萬寿院と並んで、 黄檗下二代甘露門と称せられ、 又、瑞光派下には南画伝来の祖 逸然禅師の住された長崎崇福寺も 重要な位置にあります。 …とあるが。 見た限りでは至って普通のお寺_(。_゜)/ とてもすごい物がありそうには…ヾ(--;) まず、はいってすぐ右手にかなり小さな(しかも歴史の浅そうなヾ(--;))仏堂があり、そこに国重文である「佛母準提観世音菩薩」があります。これは隠元和尚が中国から持ち込んだ物です。通常は秘仏で拝観できない物。しかもかなり小さい(掌サイズ)。今回の公開でも、昭和になって信者の方が寄贈したというお前立ち観音像に隠れており、その横からのぞき込むように拝観。 この「お前立ち観音」も平成元年(1988年、つい19年ほど前ですね)に瀕死の床で観音様に助けられたという人が平成8年(1996年)に寄贈したというちょっと信じられない逸話がある物です。 …最もこの観音様達の横に高さ1mもの大きさの「イチロー」という腹巻きをしたダルマ様があり、そっちの方が注目を集めてましたが_(。_゜)/(ちなみにここの檀家の一人がイチローファンで、毎年新しいのを寄贈するらしい) 仏堂を出て、すぐ横にある方丈に向かいます。っていうか全く一般の住宅と変わりないんですがヾ(--;) この一般住宅方丈を取り囲むように、鑑賞式の池泉式庭園が巡らされています。 仏堂前付近から眺めた庭園 ※クリックすると拡大画像を別ウィンドウ表示 方丈をぐるりと囲む庭園(左から 北庭→角→東庭) ※クリックすると拡大画像を別ウィンドウ表示 但し、写真を撮ったときには盛大に滝の水が落ちていて麗しい光景ですが、 これ、私が来たときに住職氏があわててスイッチを押してくれた模様_(。_゜)/ ははは…_| ̄|○ 他、滝上にとってつけたようにおいてある白い観音像(上記左から2枚目、3枚目写真参照)も、どうも土産物屋で売ってる仏像みたいで興ざめなんですが…ヾ(--;) この庭は南画画家・直原玉青氏の設計による物で、この方丈のふすま絵も直原氏による物です(写真撮影不可のため写真無し)。 このふすま絵も先ほどの「お前立ち観音」と同じように不思議な逸話を持つものです。
この様子は当時取材に来ていたNHKのカメラに偶然に収められたそうで、そのビデオも拝見いたしました。NHKと聞いて「ヤラセちゃうか」と一瞬でも疑った私をお許し下さい(^^;)
御覧の通り、仏像一躯以外は何もかも平成生まれのぴかぴか寺院で「これで800円は高いんじゃないの」と思ったのですが、あと何年か経つといい風格が出てくるのかも知れませんね。
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